活動レポート
中川賢一ピアノ・リサイタル~天才の系譜~
希望ホール 大ホール
8月には、「中川賢一と学ぶスタインウェイ」と題して、スタインウェイについて学ぶ特別講座、小学生~高校生の受講生への公開レッスンを、そして10月には市内6校への訪問クラスコンサートと、希望ホールでのアナリーゼワークショップを行った中川賢一さん。地域での活動の締めくくりとして希望ホールでのリサイタルを開催しました。
大きな拍手の中登場した中川さんは、1曲目、ドビュッシー作曲『ベルガマスク組曲より 第3曲「月の光」』を演奏します。
スポットライトの中で紡がれる美しい音色に、会場は一気に惹きこまれます。

演奏が終わり挨拶した中川さんは、続くドビュッシー作曲『前奏曲集 第1巻』について、次のように説明しました。 「ドビュッシーはそれまでの形式にとらわれない新しく自由な和音を描いた、“色彩”や“自然の音”の作曲家だと自分は感じている。前奏曲とは、元々は何かの曲の前に指慣らしとして弾く曲だったのが、だんだんと作曲家のエッセイのような位置づけで書かれるようになってきた。この前奏曲集は、ドビュッシーが既に成功を収め名声を手にしていた47歳の時に書いた曲であり、ドビュッシーの全てが詰まっているといっても過言ではない。それぞれの曲の題名は、楽譜の初めではなく、最後の小節の後に小さく、あたかも“そう感じてもいいよ”というような雰囲気で書いてある。だから題名通りに感じなくてもいいし、むしろ新しい題名を考えてもらってもいい。ぜひ、自由に頭の中をからっぽにして、一瞬一瞬の響きを楽しんでもらえたら。」

『前奏曲集 第1巻』は、12曲それぞれが、国や多様な文化を超えて、様々な情景を巡ります。中川さんの言葉通り、自由で鮮やかな和音の数々が会場を幻想的な世界へと誘いました。

続いて2部最初の曲は、ライヒ作曲『ピアノ・フェイズ』。
同じ旋律やリズムを何度も繰り返す手法による「ミニマル・ミュージック」を代表する現代音楽の作曲家スティーブ・ライヒによって書かれた曲です。
本来2人で演奏するこの曲は、今回は中川さんが事前に録音した自身の演奏とのコラボレーションで演奏されました。12個の音でできた同じ音型を、初めは2人の奏者が同じように繰り返し演奏しますが、1人が徐々にテンポを上げていきます。そうして段々とずれて響きが変化していき、最後は元にもどってテンポがぴったり合わさるという、不思議な曲です。
中川さんからは、「輪廻のようにも感じる響きを楽しんでほしい」とのコメントがありました。

続いては、バッハ=ブゾーニの『シャコンヌ ニ短調』。もともとはバッハ作曲による、ヴァイオリン独奏のための作品で、フェルッチョ・ブゾーニによってピアノに編曲されました。自らが大ピアニストであったブゾーニは、原曲のさまざまな旋律線に分厚い和音を施し、ヴァイオリンに劣らぬ超絶技巧曲に仕立て上げました。(プログラムノートより抜粋)
この曲では終始、重厚な音色が響き渡りました。
最後に演奏されたのは、ラフマニノフ作曲『前奏曲 作品3-2「鐘」』 、『前奏曲 作品32-13』です。
演奏の前に、この2曲が書かれた背景をラフマニノフの人生と併せて説明しました。ラフマニノフは20代で初めて書いた交響曲が酷評され、精神を病んでしまいますが、回復してから書いた『ピアノ協奏曲第2番』が高い評価を得ます。その成功の中で書いた『作品32-13』と、18~19歳の懊悩の中で書いた『鐘』の2曲を今回のリサイタルでは続けて演奏しました。
2曲には同様のモチーフが異なる形で現れます。『鐘』で暗く重苦しい旋律の中で現れたモチーフは、『作品32-13』では長調でとても朗らかな印象で使われています。同じく『鐘』では下がって使われた半音階も、この曲では上がって希望が感じられる旋律を奏でます。「18~19歳の懊悩に満ちた青年が、十数年後に苦悩を乗り越え立ち直った、そんなラフマニノフの全てが詰まっている」と中川さん。
2曲を続けて聴くことで、会場のお客様はラフマニノフの人生や曲が書かれた背景にも思いを馳せながら聴かれたのではないでしょうか。