活動レポート
中村蓉 ダンス公演『ジゼル』
中村蓉 ダンス公演「ジゼル」
令和4年2月6日(日)14:00開演
会 場 希望ホール大ホール舞台上
振付・構成・出演 中村蓉
出演 田花遥 仙優奈
映像 中瀬俊介(Baobab)
中村蓉ダンス公演『ジゼル』が大ホールの舞台上舞台で上演されました。
新型コロナウイルス感染拡大防止の観点から、座席数を減らしての実施となりましたが、開場直後から多くの観客がホールを訪れ、あちらこちらから熱気を帯びたダンス談義と、中村さんの公演を待ちわびる声が聞こえてきました。
『ジゼル』はバレエの代表的な古典作品であり、長年多くの演出家が様々な解釈で演出し上演してきました。中村さんは2019年より『ジゼル』の制作に取り組み、2020年4月に初演を予定していましたが緊急事態宣言により中止。かわって『ジゼル特別30分版』を動画配信、2021年6月に神奈川県立青少年センタースタジオ「HIKARI」でソロダンス公演『ジゼル』を上演しました。今回の希望ホールでは、通常の客席を背景とし、舞台上に客席を設置した特設ステージでの上演となりました。
雨音の中、うつむきながらコートを着た中村さんが現れます。亡き恋人を想うアルブレヒトでしょうか。舞台上は暗く悲しい空気で満たされ、悲恋を想像させる幕開けです。 後悔と悲しみの表情を浮かべながら、 床に落ちる思い出の手紙を一枚一枚拾い上げては握りしめ、コートのポケットにしまい込みます。
コートを脱ぎ、ライトで照らされたベンチに歩み寄ると序曲が流れ出し、中村さんは在りし日のジゼルを、生き生きと軽やかな踊りで表現します。恋人と過ごしていたころのように、花を持ち、穏やかな笑みを浮かべながら踊るこのシーンは、この後の彼女の孤独、悲しみと対比する印象的な場面です。中村さんは幸福の絶頂であるジゼルを、身体はもちろん表情や目線も使い鮮やかに演じます。

空中から舞い落ちるアルブレヒトからの手紙を手に取り、彼のコートに触れると、ジゼルは現実の世界に戻ります。不義への戸惑い、断ち切れない愛情と混沌とする想いを、中村さんはステージ全体を使いながら繊細かつダイナミックに表現します。
ジゼルがステージ上手のカーテンをとり、ベールのようにまとうと、黒い幕が上がり死の世界から二人の精霊ウイリーが現れます。イギリスの小説家ヴァージニア・ウルフの代表作『ダロウェイ夫人』の言葉がステージに流れます。ウイリーが静かに歩き回りジゼルに近づくと、ジゼルは吸い込まれるようにウイリーと一体となり、動きを揃えて踊り始めます。逃れることのできない永久の死の恐怖と、ヴァージニア ・ウルフ の精神錯乱を感じさせる重苦しいダンスが続き、会場全体が暗い雰囲気に包まれます。


机に一人向い、愛らしく微笑むのはジゼル、それともヴァージニア・ウルフでしょうか。楽しそうな表情、軽やかに動く身体が、ステージ上のスクリーンに映し出されます。生き生きとした『生の世界』を象徴するかのようなシーンです。しかし、再び哀しみをたたえた『死の世界』へと戻り、机には ヴァージニア・ウルフ の遺書の引用が広がります。机の下にまるで水の底へ向かうかのように沈んでいく中村さんの姿は、ヴァージニア・ウルフの最期とも重なります。


場面が変わって、精霊の女王ミルタの部屋です。頭に牛の角を付け、煙草を持ちながら気だるそうに椅子に腰かける中村さん。コント番組のキャラクター、ミル姉さん(=ミルタ)に扮しています。一部庄内弁を交えながら、恋人に裏切られ悲しみの中で命を落としたジゼルの身の上を情感豊かに語ると、観客からは笑い声が起こります。

再びジゼルとなった中村さんが、ステージ中央でアルブレヒトへの想いを庄内弁で力強く叫ぶシーンは圧巻です。その直後、 アデルの『TAKE IT ALL』 が流れると、暖かなオレンジ色の照明の中で切なく情熱的なダンスが繰り広げられます。自らの全てを恋人捧げるジゼルの熱い想いを、中村さんがステージ全体を使って熱量を込めて表現します。

精霊ウイリーに寄り添われていたジゼルは、再び一人になると静かに踊り始めます。1841年にバレエ『ジゼル』が初演されてから今日まで、多くのダンサーが踊り次いできたジゼルの悲しみと切なさ、恋人への思慕の念を、中村さんがダンスで会場全体に伝えます。
苦しみながらも恋人を愛し続け、別れと共に必死に前に進もうとするジゼルを、Massive Attack「Teardrop」にのせて中村さんが最後のダンスで表現します。繊細さと力強さが混在する渾身の身体表現を繰り広げる中村さんと、その世界に魅了された観客がひとつになりました。


公演を終えた中村さんをステージにお迎えして、アフタートークを行いました。観客からの温かい拍手に迎えられ中村さんが笑顔で登場します。
まず、酒田の印象について尋ねると、
「お米、食べ物がとてもおいしい。食べ物の味がやさしくて、だから人も優しいのかなと思う」
とのこと。また庄内人については、最初は穏やかそうに見えるが、実はすごく熱いものを持っている、そして会ってすぐに心を開いてくれると感じたそうです。酒田でジゼルを制作・公演した4日間、とても楽しい日々を過ごすことができた、と笑顔でお話してくれました。続いて、希望ホールについての感想を尋ねました。中村さんは、
「ホールスタッフが、どこまでも一緒に作品を一緒につくりあげようと気持ちで臨んでくれた。それはとても贅沢なことで、楽しく幸せな時間だった」
と答えてくれました。

次に、ジゼルという作品についてどのようにアプローチしたかを尋ねました。中村さんは、物語をダンス作品にすることが多く、向田邦子作品に見られる、悲しみ裏切られながらも這い上がる凛とした女性が好きで、そのため女性の悲しみと強さを題材としたジゼルは、ご自身にピッタリだったそうです。
なぜジゼルがアルブレヒトを助けたのか当初は分からなかったが、その理由をジゼルから教えて欲しいと思いながら2年間演じてきた、とのこと。また、中村さんにとっては、シェイクスピア作品、向田邦子作品、ジゼル、どれも等しく素晴らしい作品で全部演じてみたいと考えていて、その中で今回は長い歴史のあるジゼルに取り組んでみようと決めたそうです。
コロナ禍でジゼルを演じたことについては、コロナによる別れ・悲しみが世の中に増え始め、いま生きていて踊ることができている自分と、ジゼルから助けられたアルブレヒトが深く重なり、残された者がどうやって生きていくのかを踊りのなかでアルブレヒトとともに探り続けている、とのことでした。
また、作品制作について、バージニアウルフの小説、アデルの楽曲など、生活の中でふれる様々なものが全てジゼルに繋がり、パッチワークのように繋ぎ合わせて作品を創ったとのこと。特にバージニアウルフの言葉、「私の生は限りなく広がっている」はジゼルの世界観を代弁する非常に印象深いものだったそうです。
今回の舞台上舞台の効果については、通常の客席が死後の世界を描き、ステージ上の客席が生きる者の世界、そしてその間にあるステージが正にジゼルとアルブレヒトの物語が起こるべき場所であると、創作過程で感じたそうです。このことに気づかせてくれたホールスタッフの協力に、とても感謝しているとお話になりました。

続いて、客席から中村さんに質問をいただきました。
2月3日のワークショップにも参加した30代女性からは「演じると踊るの違いをどうとらえていますか?」との質問がありました。中村さんは
「踊りの延長だったら演技もできるが、演技のみはできない。踊りと演技はセンサーが違うと考えている。全身の毛穴を開いて、思考を一度閉ざして人間でないものになって踊る」と答えました。
次に10代男性からは、「自分は音楽をやっていて、表現者として中村さんと通じるものがある。ジゼルでいろいろな曲を使っていたが、選曲に基準はありますか?」との質問。中村さんは「最近はオペラもやり始め、幅広くなるべくいろいろなジャンルを聞くようにしている。作品に当てはまり自分に響いてきた曲を使っている。弾き語りや歌詞のある曲で踊るのが大好き。いつか貴方に曲を作って欲しい(笑)」とお話になりました。
最後に、中村さんから会場の皆さんに向けて、
「今回の公演は、いろいろな理由で本当に実現できないと思った。このような状況にも関わらずお客様に集まっていただき、自分は皆さんから『躍らせてもらった。』と感じている。舞台の設えもあるけれど、お客様やスタッフから踊らせてもらった。公演だけでなくアフタートークにまでお付き合いいただき本当に感謝しています」
とのメッセージをいただき、客席からは惜しみない大きな拍手が起りました。
アンケートでは
「中村さんの表情や筋肉の動きが間近で見れて迫力を感じました」、「ステージの使い方に驚きました。アーティストの表現をとても近い距離で体感できたので幸せな時間でした」、「中村さんの『生』の躍動が全身で表現されていました」、「ダンス公演を見るのは初めてですが、中村さんの迫力に圧倒されました。公演とアフタートークのギャップに少し驚きました」、「コロナ禍で、生でこの公演を見ることができ幸せに思います」
といった声が聞かれました。
