活動レポート
酒☆スタ 演劇部~ハイスクールメモリーズ
講師に田上豊さん(劇作家・演出家・田上パル主宰)、アシスタントとして田中美希恵さん(俳優)、加賀田浩二さん(岡山芸術創造劇場事業チーフ)を迎え、地域で活動する高等学校演劇部向けのワークショップ「酒☆スタ 演劇部~ハイスクールメモリーズ」を実施しました。
「酒☆スタ」は、希望ホール(スタジオ)での作品創りや活動を通じて、新たな活動交流が始まる(スタート)することを目指した演劇・ダンス事業を中心として令和4年度より開始しました。今回ご紹介する、「酒☆スタ 演劇部~ハイスクールメモリーズ」は、プロの演出家、他校演劇部生徒、ホールスタッフとの新たな交流の創出、新たな活動のきっかけ作りを目的として、庄内地域(酒田市・鶴岡市他3町)で活動する3高等学校(山形県立酒田東高等学校・山形県立酒田西高等学校・山形県立鶴岡中央高等学校)の演劇部員を対象に、2日間計8時間のプログラムでワークショップを行ったものです。
1日目 8月16日(火)
大ホール舞台上に集まった参加者の皆さんに、田上さん、アシスタント2人から挨拶した後、アイスブレイクとして田中さんによる「数え歌あそび」、舞台上全体を使った「いす取り鬼ごっこ」など、いくつかのゲームを行いました。最初はやや固い表情の参加者もいましたが、田上さんらの気さくな人柄と楽しい声掛けにより、緊張が徐々にほぐれ、会場全体が和やかな雰囲気になりました。


その後、3人一組に分かれて行う、テキストワークに入ります。台詞とト書き(セリフ以外の、演じるために必要な動作や心情などの指示を記したもの)部分に数カ所空欄のある台本が配られ、アシスタント2名と参加者1名が例として演じてみせると、その内容のユニークさに参加者からは大きな笑い声が起こりました。その後、それぞれの組でアイディアを出し合いながら、空いている箇所を埋め台本を完成させました。完成した台本を、田上さんが「確認のため」と全て回収し、確認が済むと田上さんが話します。
「これから台本に添って作品をつくってもらいますが、使う台本は、別の組が作ったものです」

会場にどよめきが起きる中、田上さんが続けます。
「他の組がつくった台本を批判してはいけません。愛を持って接してください。原則、つくった組に質問してはいけません。書かれている内容は尊重し、空欄がある場合は自分たちで埋めて完成させてください」
「この舞台上で発表するわけではありません。ホール内、台本に適した面白い場所を探して、そこで発表します。自分たちで相談して場所を決めて、練習してください。面白い場所はどんどん取られてしまいますよ。それでは始め!」
場所探し、作品づくりに与えらた時間は15分間。各組、いっせいにホール内の様々な場所に散らばり、各々の台本にあった発表の場を探し始めました。田上さんたちのアドバイスをもらいながら、発表の場所が決まると、次は演技の打合せと練習に入ります。限らた台詞で、どうやったら観る者に台本の世界を伝えることができるか、参加者は意見やアイディアを出し合いながら、時間ギリギリまで創作を続けました。

8組の発表が始まります。田上さんは参加者に、
「厳しめに観ないでください。それより、自分たちの作った台本を、他の組がどのような作品に仕上げてくれているかという視点で、楽しんで観てください」
と声をかけます。
最初の組は、大ホール奥の、アーティストラウンジを発表の場所に選び、メインテーマは「どのラーメン屋に就職すべきか」です。深刻な様子で悩みを打ち明けるAと、それに明るく答えるB、突然現れる某ラーメン屋店員Cのコミカルな演技に、観る側からは大きな歓声が上がりました。アシスタントの加賀田さんが加わった班は、大ホール客席の中央部分を発表場所としました。ゆらゆらと漂う3人がいる場所が「子宮の中」であることを、与えられた台詞と動きのみで観る側に伝えます。その後、楽屋、ホワイエ、階段などホール内の様々な場所を使いながら、工夫を凝らした作品が次々と演じられました。


発表後、全員がステージ上に戻ると、田上さんが作品一つひとつの特徴と演出の見どころを解説、アシスタントも加わり丁寧に各班に感想が伝えられました。
田上さんが話します。
「台本を作った側がイメージしていなかった作品に仕上がるところが、非常に面白いところです。自分のアイディアだけでなく、他者のフィルターを重ねると、違う地点にたどり着くことができます」
「演技するだけが演劇ではありません。場所を探す、演出を考える、配役を決める、全てが演劇です。様々な複合的条件のなかで一番良いものを選択しながら作品をつくるという体験を皆さんからは重ねていって欲しいと思います。今回、一番良かったことは、短い時間の中、全8組があきらめずにやり遂げたことです」
田上さんからコメントを頂き、前半は終了。休憩の後、後半のクリエーションに入りました。
クリエーションの題材は、宮沢賢治の代表作「雨にも負けず」です。テキストが配られ、田上さんから「宮沢賢治の作品を使って、なにか表現できるものを今日と明日でつくってもらいます」と説明。その後、2班に分かれると、演者とテクニカル担当を決め、テクニカル(音響、照明)担当は、ホールのスタッフと一緒に効果的な演出方法を探ることとしました。


アシスタントの田中さん、加賀田さんが担当する①班は、班員の意見・考えを田中さんが吸い上げ整理を進めると、朗読劇のイメージ・方向性が早々に定まり、直ぐに各々の配役に沿った動きやセリフの練習を始まりました。田中さんの演出の元、照明操作も入りながら、作品の全貌が徐々に見え始めます。

田上さんが担当する②班は、参加者たちがお互いの意見を共有しながら、全てのことを自分たちでゼロから組み立てていくというスタイル。田上さんは、大きく助言はせずに、班員同士のやり取りを見守ります。班員が一人ずつ、どのような作品をつくりたいか、「雨にも負けず」に持つイメージなどを、他の班員に丁寧に伝えますが、思うように言葉にならず、もどかしさを抱える班員もいる様子でした。
2日目 8月17日(水)
①班は田中さん、加賀田さんのアドバイスの元、舞台上で演者の具体的な動き、照明・音響の確認作業や、更なるアイディア出しが活発に始まりました。一方、②班は田上さんを中心に舞台上で全員が車座になり、一人ひとりが昨日からの創作に関する不安や疑問を話します。「昨日は、みんなの意見について自分の理解が追いつかず、途中で論点が分からなくなってしまった」「班員全体の意見を、どうまとめて作品づくりに反映させればよいのか分からない」「作品を仕上げられるか不安で、昨晩はよく眠ることができなかった」など正直な思いが語られ、それらに対して、田上さんが丁寧に寄り添い話てくれました。
「初めて会った人たちと意見をまとめるのは大変な作業だよね。緊張して自分の意見が言えない人もいるしね。そういった思いを抱えたこのメンバーでお互いを思いやりながら、協力して作品をつくっていくしかない。この状況で、楽しく作品をつくるにはお互いにどうケアすればよいか、その手法を今回身に付けてもらえればと思います。昨日上手くいかなかった部分を、今日は補い合いながら進めていきましょう。最後まで自分たちの推進力でやり遂げるということが、演劇では非常に重要です」

このやり取りを経て②班は初めて一つになり、作品づくりのスタートを切ることができました。発表本番に向けて、二つの班それぞれ、協力し合いながら、最後まで自分たちがイメージする世界観をどのように表現すべきか試行錯誤を繰り返し、創意工夫を重ねます。
クリエーションの合間に、①班では参加者が、今後どういった作品をやりたいか、どのように演劇に関わっていきたいかなど、演劇について抱えている思いを田上さんと加賀田さんに話ました。それについて田中さんと加賀田さんが自分たちの高校生時代を振り返り、参加者にアドバイスします。
「一人で楽しめる趣味をたくさん持ちましょう。大人になると暮らしの中での『趣味』の大切さに気付かされます。またそれが演じるうえで役に立ちます」
「これから演劇を続けていくうえで、自分が演じるものに、広く幅を設けておくことが大事」
「せっかく自然豊かな地域に暮らしているのだから、ぜひ、その地元感を作品に出してほしいです。地元感だけでなく、自分の歩き方や話し方の癖や特徴なども取り入れた『等身大』の作品をつくると面白いですよ」
二人のお話に、参加者は頷きながら熱心に聞き入っていました。

本番。田中さんの合図により①班の演技が始まりました。ステージ上には椅子が2脚。そこに雨が降り始め、雨の中、舞台上に演者が一人、また一人と「雨にも負けず」を朗読しながら現れます。次第に雨が止み青空が広がった後、全員での朗読が終わるころには背景は夕焼けのようなオレンジ色に包まれ、その暖かい光の中で演者全員がマスクを外し大きく深呼吸。演者がはけ、残された2脚の椅子をスポットライトが静かにに照らします。そのライトが消えて、①班の演技は終了。

②班の演技。全員が車座で座り、笑い声をあげながらなにか相談しています。暗転後、雨の中を演者たちが楽しく歩き回る中、一人その輪に入れない男がスポットライトに照らされ寂しく座り込みます。少し離れた集団に近寄ると、男はなにかをむしり取り無心で食べ、むしり取られた者は皆苦しみの声を上げます。演者たちは、一列に並んだり舞台全体に広がったり、悲しんだり楽しんだりと、形と表情を変えながら「雨にも負けず」の朗読を続けます。最後は、また中央で談笑するシーンで、演技は終了しました。

宮沢賢治の詩の世界観に正面からアプローチしながらも、幻想的な空間を創り上げた①班と、観る者の想像により、詩と現実の間を行き来するかのような感覚を覚える②班の、2つ全く異なる「雨にも負けず」の世界がホール内に広がり、演じ終わった参加者の表情は、協力し一つの作品を完成させることができた達成感と、2日間の充実した体験から得た満足感に溢れていました。
発表終了後、舞台上に全員が集まり、田上さん、アシスタントのお二人からお話がありました。
田中さんは、
「演劇の良いところは、上手い下手、良し悪しが確定しないところ、正解がないところです。これからますます多様性が求められる社会になっていきますが、演劇を経験したことによって皆さんの人生がより豊かなものになって欲しいと思うし、この経験や周りの人とのつながりをいつまでも忘れないでいて欲しいと思います」
と声をかけます。
続いて加賀田さんは、
「参加した演劇部員だけでなく、顧問の先生、ホールスタッフ皆さんの『なにかをつくり出したい』という思いが、2日間このホールに溢れていました。この空間そのものが、今日の素晴らしい二つの作品を生み出したと感じています。皆さんは、このワークショップで、演劇はホールだけでなくいろいろな場所で行えることを体験しました。やろうとする気持ちと演じたい人が集まれば演劇はどこでもできます。これからもっと表現することを楽しんでいってくれればと思います」
と話しました。
最後に、田上さんが話します。
「今回、二つのつくり方を体験してもらいましたが、どちらも平等に価値があるものでした。今度はそれぞれ逆のつくり方をぜひ体験し、表現の違いにふれて欲しいです。今回、得たこと体験したことを自分の活動の場所に持ち帰り、今後も継続して頑張っていってください」
「やり方を間違わなければ楽しいのが演劇、そして人が集まって行う芸術が演劇です。常に人に対してやさしくということを前提にしながら、ものをつくるという精神を忘れずに、演劇を続けていってください」
三人から、参加者に向けて温かいメッセージが述べられ、2日間に渡ったワークショップは終了しました。
終了後、参加者からは、「他校の人とも作品づくりを通して信頼関係が築けて嬉しかった。また3校で集まりたい」「演技をすることに正解がないということが一番心に残り、すごく考え直された」、「プロの方を通して新しい表現方法や考え方を知ることができた」「ものすごい充実感を感じた。演劇以外にも通じる大切なことを沢山教えてもらい嬉しかった」等の感想が寄せられました。
また、各部の顧問の先生からは、「参加者同士が信頼関係で結ばれ、そこから生まれた自由性がクリエーションの課程や、完成した作品に如実に表れていました」「生徒たちにとっても我々教員にとっても、非常に有意義で楽しいワークショップでした」「コロナ禍で、思い通りに活動できない日々が長く続いていますが、今日は本当に生徒たちが生き生きとしていました」と、高い評価をいただきました。
学校の垣根を超え新しい仲間との出会いや、演出家、ホールスタッフとの活発な交流を生み、参加者に創造する楽しさと可能性を改めて知ってもらうことができた、充実した活動内容になりました。
