活動レポート
梅津碧 ソプラノ・リサイタル
希望ホール 大ホール
2023年1月28日(土)
昨年11月酒田市に約1週間滞在し、市内小学校でのクラスコンサート、 希望ホールでのアナリーゼワークショップ(楽曲解析)、南遊佐コミュニティセンターでの地域ワンコインコンサートを行った、山形県長井市出身の声楽家・梅津碧さん。酒田での活動の集大成として、希望ホールでリサイタルを開催しました。
リサイタル当日は、市内を中心に、市外、県外からも観客が来場し、中にはクラスコンサートで訪問した小学校の児童が保護者とともに鑑賞する姿も見られました。
当日、会場の舞台上には大きなスクリーンが設置されました。スクリーンには、子どもたちやオペラに馴染みがない方でも楽しめるように、梅津さんが披露する楽曲の歌詞の翻訳が投影されます。
開演時刻となり、大きな拍手に迎えられながらステージに現れた、梅津碧さんとピアニストの齋藤友佳さん。最初の曲は、A.アダン作曲の『きらきら星(あのね、お母さん)』です。

梅津さんが歌い終わると、温かな拍手が会場に広がりました。
マイクを持った梅津さんは、自身の声域である「コロラトゥーラ・ソプラノ」について説明しました。「 コロラトゥーラ・ソプラノ 」とは、女声の中で最も高い音域のことを指し、最初に披露した 『きらきら星(あのね、お母さん)』 はコロラトゥーラ・ソプラノのために編曲されたものでした。
続けて、今回のリサイタルのテーマである「オペラ」について説明していきます。オペラとは演劇の一つであり、演劇では役者が台詞で物語を進めていくように、オペラでは歌い手が歌で物語を進めていきます。
「オペラ歌手は歌うだけでなく、役になりきって演技もしているということをイメージしながら、お楽しみいただければと思います」
と梅津さん。
2曲目は、 G.F.ヘンデル作曲の歌劇『セルセ』より セルセのアリア「オンブラ・マイ・フ」。80年代のウイスキーのCMで使われたことでも有名な曲です。
この曲では、セルセというペルシャの王様が、木陰で休んでおり、「こんなにも心地の良い場所があるのか」と浸っている場面が描かれています。

「セルセはこんなことを言っているのだなと、情景を想像しながらお聴きいただければと思います」
齋藤さんの優しいピアノの演奏が始まり、続いて梅津さんの透き通った歌声が重なります。
あたたかく、ゆったりとした空気が会場を包み込みます。まるで、セルセと同じく心地の良い木陰の中にいるかのようです。
3曲目は日本の作品から、團伊玖磨作曲の歌劇『夕鶴』より つうのアリア「与ひょう、あたしの大事な与ひょう」です。物語は、民話「鶴の恩返し」が題材となっています。
“与ひょう”という百姓に助けられた、鶴の化身である“つう”。“与ひょう”がお金を求めるあまり、次第に心が自分から離れて、別人になっていくことへの“つう”の哀しみが歌われます。
「私はどうすればいいの」
“つう”の不安と哀しみを、表情や手の動きでも魅せながら、梅津さんがドラマティックに歌い上げます。
前半最後は、J.オッフェンバック作曲の歌劇『ラインの妖精』読み聞かせのハイライトです。
転換が終わり再び照明が点くと、舞台上にはテーブルと椅子があり、そのテーブル上には、ワインボトルとグラス、美しい表紙の本が置かれています。
「今度は皆さんに、実際にオペラの公演を観に来たような気分を味わっていただこうと思います。本来オペラは、オーケストラやコーラスなども含め、多人数で上演しますが、本日は読み聞かせという形でオペラをお楽しみください」

世界的には演奏機会が少ない『ラインの妖精』。しかし、ピアノで奏でられる序曲の中には、クラシックにあまり馴染みがない人でも聴き覚えのあるような、有名なメロディが登場します。
『ラインの妖精』は発表当時、様々な事情であまり世に出回ることがありませんでしたが、オッフェンバックは晩年に曲中のメロディを『ホフマン物語』という作品に転用します。その後『ホフマン物語』は世界的に有名な作品となり、現在でも各地で幾度も上演されているそうです。対して、『ラインの妖精』は 『ホフマン物語』 に比べて上演回数が圧倒的に少なく、数年前に梅津さんが歌った時には、世界で6回目の上演だったといいます。
舟が水辺でたゆたうような、穏やかな齋藤さんのピアノソロ「序曲」から始まります。
物語の舞台はライン地方のとある農村。その村には、「歌を歌い続けると命を落とし妖精になる」という伝説がありました。
主人公のアルムガートという若い女性は、誰にも言えない悩みを抱えており、それを隠すために歌い続けていました。
村の収穫祭の日、農民たちが喜びで湧いている中、アルムガートは再び歌おうとします。村の伝説を信じている彼女の母親は、娘のことを心配し、歌うことを止めます。
梅津さん演じるアルムガートは、「私は大丈夫!」と応えつつ、伝説について歌い始めます。
・「樹齢100年の樫の木が」
梅津さんの妖しくも美しい歌声と不穏なピアノの重低音が、伝説の不気味さを感じさせます。
娘を心配する母親に、アルムガートは戦場へ去った恋人のフランツを想い、悩み続けていることを打ち明けます。
そんな話の最中、戦争が村まで及び、侵入してきた兵士たちが農場のワインなどを略奪していきます。アルムガートたちは逃げ惑いますが、とうとう見つかってしまい、アルムガートは兵士たちから歌うことを強要されます。
アルムガートは兵士の中にフランツがいることに気が付き、必死で呼びかけますが、彼は戦争で負った怪我のために記憶を失っています。アルムガートは恋人の記憶を呼び覚まそうと、彼の大好きだった歌を歌います。
・「祖国の歌」
梅津さんによる全身全霊の歌声。愛しい恋人がまるで目の前にいるかのようです。

アルムガートの必死の呼びかけもむなしく、フランツの記憶は戻りませんでした。彼女は狂ったように歌い続け、伝説どおりに息絶えてしまいます。
母親は悲しみに暮れ、娘を探しに妖精たちの住む森へと向かいます。ようやく記憶を取り戻したフランツも、恋人の死を嘆き、妖精の森を彷徨います。
フランツは、伝説どおり妖精になってしまったアルムガートに会いたいがために、自ら命を絶とうとします。それを止めに入ったのはなんと、亡くなったはずのアルムガートでした。
二人は、森を彷徨っている最中に兵士たちに捕らえられてしまった母親を見つけ、助け出します。自分の娘に会えた母親は感激し、一体何が起きたのかを問います。
・「あれはただの夢だった」
実はアルムガートは亡くなってはおらず、魔力による仮死状態で眠っていたのでした。今までとは空気が変わり、梅津さんの歌声は喜びに満ちています。
歓喜の時間も束の間、アルムガートたちは兵士たちに追い詰められてしまいます。そんな絶体絶命の危機を救ってくれたのは、妖精たちでした。
前半は、力強くも華やかに、妖精たちに助けられた喜びを歌い上げて幕を閉じます。

後半は、J.オッフェンバック作曲の歌劇『ホフマン物語』より オランピアのアリア「生垣に小鳥たちが」(人形の歌)から始まります。齋藤さんが曲について説明します。
「次のお話の内容は、ホフマンという詩人が自身の過去の恋愛話を語るというものです。これから披露するのは、彼が恋に落ちる女性の一人として登場するオランピアの歌です。でも実は、彼女は人間ではなかったのです…」
齋藤さんの説明の後、舞台裏からはゼンマイを巻いているような音が聞こえてきます。続けて、舞台袖から人形(オランピア)となった梅津さんが登場します。
人形となった梅津さんは舞台上に到着すると、軽やかに歌い始めました。しかし、途中で動力源のゼンマイが切れたかのように、力尽きてしまいます。そこに希望ホールのスタッフが、ゼンマイを巻くような音の出る打楽器・ラチェットを持ってそそくさと駆け寄ります。ラチェットを数回まわすと、梅津さんは再び軽やかに歌い始めます。
梅津さんの、ユーモアと魅力あふれる演出に、観客からは笑いが起こります。


後半の2曲目は、C.グノー作曲の歌劇『ロメオとジュリエット』より ジュリエットのアリア「私は生きたいの」です。
成人(当時の成人は13歳)を祝うパーティーにおいて、ジュリエットが乳母から「あなたもそろそろ結婚の時期ね」と言われます。それに対してジュリエットは、「もっと青春を謳歌したい」「まだ夢の中で生きていたい」と乳母に伝えます。
乙女の甘酸っぱく切ない想いを、梅津さんが天真爛漫に歌います。
後半の3曲目は、G.プッチーニの三大名作の一つと称される歌劇『ラ・ボエーム』より ムゼッタのアリア「私が街を歩けば」です。
この曲は、ムゼッタという若い女性が昔の恋人を誘惑しようと、初老のパトロンを連れて登場する場面で歌われます。
「私が街を歩けば 誰もが立ち止まる あまりの美貌にみとれるの 頭から足の先まで」
梅津さんはムゼッタに成りきり、人目を引く自身の美しさについて、優雅に歌い上げます。

そして、プログラムの最後を飾るのは、J.シュトラウスⅡ世作曲の喜歌劇『こうもり』の読み聞かせハイライトです。 舞台上には、再びテーブルや椅子が登場します。
『こうもり』は、J.シュトラウスⅡ世のオペレッタの代表作と言われ、梅津さんが留学したこともあるウィーンでは、年末年始の定番として演奏されているそうです。今回は、登場人物の一人である女中のアデーレを中心にしたハイライトとして、梅津さんが読み聞かせを行います。
この『こうもり』という題名は、動物のこうもりとはさほど関係がなく、ファルケ博士という登場人物の仮装姿を指しています。
ある日、ファルケ博士は友人のアイゼンシュタインと、仮装舞踏会に出かけます。その帰りに、泥酔したファルケ博士をアイゼンシュタインは、こうもり姿の仮装のまま道ばたに置き去りにします。その姿を人々に見られ、ファルケ博士は「こうもり博士」というあだ名をつけられてしまいます。ファルケ博士はその日以来、アイゼンシュタインへの復讐を企んでいました。
「これは“こうもりの復讐”に巻き込まれた、人々の物語」
梅津さんが語り終えると、齋藤さんのピアノソロ「序曲」から始まります。華やかなピアノの旋律により、ウィーンの街並みが浮かび上がってくるようです。
アイゼンシュタインのお屋敷で、アデーレという若い女中が働いていました。大晦日の日に、彼女は夜会への誘いの手紙を受け取ります。
・「手紙の歌」
夜会への抑えきれないワクワクとした気持ちがありつつも、自分の立場上行くのが簡単ではないというもどかしさが、感情豊かに歌われます。

アデーレは主人の奥様に頼んで、なんとか休みをもらおうとしますが、うまくいきません。ところが、主人のアイゼンシュタインも奥様も夜会に誘われたため、アデーレは無事に休みをもらうことができました。
女優に変装して夜会に紛れ込んだアデーレですが、そこで、同じく身分を偽って夜会に参加していた主人に見つかってしまいます。
・「侯爵様、あなたのようなお方は」
アデーレは、こんなに美しい女中がいるかしら、と皆の前で主人を笑いものにして、ピンチを乗り切ります。
梅津さんは、女優さながらの上品な笑顔やしぐさで、さらに聴くものの心を掴みます。
後日、アデーレは夜会で出会った「フランスの騎士」と名乗る男に、「自分は本当は女中なの。だけど、女優になりたいから手伝ってほしい」と頼み込みます。
・「田舎娘を演じるなら」
アデーレは彼に、自分の才能を自信たっぷりに見せつけます。
アデーレは、素朴な田舎娘を演じたかと思えば、女王様となって厳かに舞台上を闊歩したり、パリの貴婦人となって華やかにふるまいます。梅津さんのそれぞれの演じ分けを楽しむことができるアリアです。

アデーレが「フランスの騎士」だと思い込んでいた男も実は、身分を偽っていたことがわかります。彼もまた、“こうもりの復讐”に巻き込まれた一人だったのです。
それから、夜会の参加者が皆出てきて大騒ぎとなりますが、最終的に、ファルケ博士は復讐を果たし、アデーレは女優になるためのパトロンを見つけることができました。
「色々あったけれど、もう全て、シャンパンで酔ったせいにしちゃいましょう!」と、シャンパンを讃える曲を、梅津さんは楽しさいっぱいに歌います。
・「シャンパンの歌」

梅津さんが歌を終え退場された後も、拍手は鳴りやみません。梅津さんは再び登場し、会場に向けて語りかけます。
「昨年の11月に小学校でのクラスコンサートや地域施設でのミニコンサートをさせてもらったのですが、出会う人たちが皆さんいい人で、おいしいご飯もあって、すっかり酒田の大ファンになってしまいました」
梅津さんは続けて、自身がソプラノ歌手になった経緯について、語り始めました。
梅津さんは、幼い頃から声楽を習っていたわけではなく、小学校から高校まで公立の高校に通い、音楽とは関係のない大学に進学しました。しかし、大学生の時に観に行った、地元のホールのオペラ公演で主役を演じる人の歌声に、梅津さんは衝撃を受けます。
「その方との出会いがきっかけで歌の勉強を始めることができ、今こうして、皆さんの前に立っています。そんな想いにすごく重なる、中島みゆきさんの『糸』という曲を最後に披露したいと思います」
梅津さんの想いの込められた優しい歌声で、リサイタルを締めくくります。

アンケートでは、
「小学校のクラスコンサートで興味を持ち、リサイタルに来ました。私は将来音楽関係の仕事をしたいと思っているので、碧さんや友佳さんのように人を感動させられる人になりたいと思いました」
「初めてオペラのリサイタルに来たのですが、高音がとてもきれいで感動しました。口の開け方やビブラートなどを、部活でも活かしてみたいと思いました」
「本格的なオペラは初めてでしたので、感動して拝聴いたしました。歌はもちろん、演技もすばらしいです」
など、喜びの声が多く寄せられました。
当日は雪がちらつく寒い日でしたが、梅津さんの歌声で、心温まる一日となりました。

【プログラム】
○A.アダン:きらきら星(あのね、お母さん)
○G.F.ヘンデル:歌劇『セルセ』より セルセのアリア「オンブラ・マイ・フ」
○團伊玖磨:歌劇『夕鶴』より つうのアリア「与ひょう、あたしの大事な与ひょう」
○J.オッフェンバック:歌劇『ラインの妖精』読み聞かせハイライト
「序曲」「樹齢100年の樫の木が」「祖国の歌」「あれはただの夢だった」
○J.オッフェンバック:歌劇『ホフマン物語』より オランピアのアリア「生垣に小鳥たちが」(人形の歌)
○C.グノー:歌劇『ロメオとジュリエット』より ジュリエットのアリア「私は生きたいの」
○G.プッチーニ:歌劇『ラ・ボエーム』より ムゼッタのアリア「私が街を歩けば」
○J.シュトラウスⅡ世:喜歌劇『こうもり』読み聞かせハイライト
「序曲」「手紙の歌」「侯爵様、あなたのようなお方は」「田舎娘を演じるなら」「シャンパンの歌」
〈アンコール〉
○中島みゆき:糸