活動レポート
高橋多佳子 アナリーゼワークショップ
希望ホール 大ホール
アーティストが酒田市に一定期間滞在し、市内すべての小学校でのクラスコンサートや地域の文化施設でのミニコンサート、ワークショップ、そして希望ホールで一流の舞台芸術を鑑賞する公演などを開催する事業『芸術家・地域ふれあい事業』の一環として、「高橋多佳子 アナリーゼワークショップ」を、希望ホール・大ホールの舞台上を会場として、開催しました。
9月3日(土)に開催される「生で聴く『のだめカンタービレ』の音楽会 ピアノ版」で演奏されるプログラムについて、高橋さんご本人が写真や楽譜を見せながら分かりやすく解説しました。
高橋さんはまず、「のだめカンタービレ」を知っているかどうかについて観客の皆さんに問いかけると、頷いている方も複数いらっしゃり、興味の高さがうかがわれました。高橋さんはそれから、ベートーヴェン作曲の「ピアノ・ソナタ第8番 ハ短調 作品13 《悲愴》」について話し始めました。
高橋さんは、この楽曲の第1楽章から解説を始めました。第1楽章はハ短調で書かれているため、とても重々しく、ドラマチックな世界に聴き手を誘います。高橋さんいわく、ハ短調は“悲劇の調”とも呼ばれ、神の受難など、キリスト教的悲劇性を見出してきた調性だそうです。9月の公演で高橋さんが演奏する第2楽章は、「のだめカンタービレ」の主人公である千秋とのだめの出会いの曲であり、第1楽章とは対照的にとても温かな情感あふれる楽想です。高橋さんは、同じ楽曲でも弾き方によって、諦めや微笑みなど、様々な表情が見られると語ります。
次は、同じくベートーヴェン作曲の「交響曲第3番 変ホ長調 作品55 《英雄》」についての解説です。「のだめカンタービレ」では千秋がSオケでの指揮デビューを果たす楽曲です。
変ホ長調は《悲愴》第1楽章のハ短調の平行調で、どちらもフラット3か所の調号を持ちます。このことが、昔よりキリスト教の三位一体の教義になぞらえて考えられてきたと、高橋さんは説明しました。
「この《英雄》という楽曲は当初、ベートーヴェンのナポレオンへの共感から、ナポレオンを讃える曲として作曲されました。ですが、完成後まもなくナポレオンが皇帝に即位し、その知らせに激怒したベートーヴェンは楽譜の表紙を破り捨てたといわれています。そのため、単に“エロイカ”=《英雄》という標題だけ残したとされています。」
という逸話も併せて紹介しました。

続いては、ショパン作曲の「幻想即興曲 嬰ハ短調 作品66 (遺作)」です。ショパンの死後に出版されたショパンの最もよく知られる楽曲の1つです。
高橋さんはこの楽曲の面白い点の1つとして、主部において、左手と右手が違うリズムであることを挙げます。左手は1拍が6等分されているのに対し、右手は1拍が8等分されており、演奏していくうちに音が自ずとずれていくため、音がよりたくさん乗っているように聴こえるという効果があると、高橋さんは語ります。高橋さんが実際に演奏して見せると、観客の皆さんは頷きながら聴いていました。
続けて、悠然とした雰囲気のある中間部を演奏します。激しい主部に対して、ゆったりと時が流れるような印象の部分です。
さらに、この楽曲の結びの部分であるコーダについて紹介。中間部の右手で演奏するメロディが、今度は左手に移行します。ショパンがチェロの音色を好んでいたことにふれ、このコーダもチェロの音色を思い浮かべてショパンが書いたのではないかと、高橋さんは話します。

次に解説するのは、ガーシュウィンの「ラプソディ・イン・ブルー」です。今までの楽曲とガラッと変わり、ジャズ風の楽曲です。
高橋さんはまず、ラヴェルとガーシュウィンが一緒に写っている写真を紹介します。
ガーシュウィンは、自分が正当なクラシック音楽の教育を受けてこなかったことをコンプレックスに感じ、ラヴェルやストラヴィンスキーに教えを請います。しかし、ガーシュウィンは、1920年代以降には既に人気のジャズ作曲家として知られていたために、弟子となることを断られてしまったそうです。
そんなガーシュウィンが書いた「ラプソディ・イン・ブルー」ですが、誕生はとても風変りだったといいます。ガーシュウィンはある日新聞で、「ガーシュウィンがジャズ風の協奏曲を発表する」という記事を見つけたため、聞き覚えの無いガーシュウィンは慌てて曲を書き始めたそうです。列車で仕事に向かう中も曲のことを悶々と考えていたガーシュウィンですが、列車のリズムに揺られるうちに突然、「ラプソディ・イン・ブルー」のメロディが降ってきたそうです。
高橋さんはこの曲の特徴の一つとして、「ブルー・ノート・スケール」を挙げます。これはジャズやブルースによく用いられる音階で、音同士をあえてぶつかる音にすることで、物憂げな雰囲気が出てくるそうです。
この楽曲は様々な主題が連続しており、酒場のような庶民的な主題や、はたまた、終わりの方には聖歌のような神聖な主題も現れます。
コンプレックスを感じつつも、この様々な表情を見せる“おもちゃ箱”のような素晴らしい楽曲を書き上げたガーシュウィンは、やはり才能豊かな人物であったのだと、高橋さんは讃えます。

続いてはドビュッシーのお話に移ります。「喜びの島」という楽曲を解説するにあたり、高橋さんは一枚の絵を紹介します。
フランスの画家、アントワーヌ・ヴァトーが描いた『シテール島への巡礼』という絵です。ドビュッシーはこの作品から着想を得て、バカンス先の島でドビュッシーが作曲したと言われているそうです。
「喜びの島」は装飾音やリズムの変化といった技巧を駆使して、華やかで愛の歓喜に満ちた世界観が描かれます。航海していたり、浜辺でゆっくりくつろいでいたりなど、まるで冒険のようなワクワクする場面が連続しています。
「この楽曲の第2の主題は、5連符という割り切れない音が登場したりなど、不規則で、あえてきっちりしていないところから、どことなく波の音や、リラックスしているような雰囲気が感じられます。」
と、高橋さんは話します。

次はストラヴィンスキーについてです。
ストラヴィンスキーの才能を見出したのは、ロシア・バレエ団を主宰していたディアギレフという人物です。彼は、ジャン・コクトーやココ・シャネルなど、様々な芸術家たちと交流があったといわれており、今でいう“プロデューサー”です。
ストラヴィンスキーがディアギレフから最初に依頼をうけた仕事は、バレエ作品『レ・シルフィード』のために、ショパン作曲のピアノ曲を管弦楽用に編曲することでした。楽曲について調べていく中で、遠いと思っていた作曲家同士の縁を発見し、高橋さんはとても嬉しくなったそうです。
「《ペトルーシュカからの3楽章》より第1楽章《ロシアの踊り》」はバレエ音楽として書かれた楽曲です。バレエの本編では、命が吹き込まれた人形が、音楽に乗って踊りだすという、とても躍動的な場面で流れる曲です。
「音が多く弾きにくい箇所も多いので、この曲を演奏するのはとても大変です。」
と語り、高橋さんは実際に曲の一部を弾いてみせます。
高橋さんのエネルギッシュな超絶技巧に、観客からは感嘆の声が漏れていました。

最後は、ラヴェル作曲の「亡き王女のためのパヴァーヌ」と「ラ・ヴァルス」についてです。
「亡き王女のためのパヴァーヌ」はとても古典的な印象の楽曲であると高橋さんは話し、実際に演奏してみせます。優雅で、かつ繊細さが表れている美しい楽曲です。
そして、一番最後を飾るのが「ラ・ヴァルス」です。この楽曲は、先の《ペトルーシュカ》にも勝るとも劣らない難曲であると、高橋さんは語ります。
ラヴェルは、1910年代に第1次世界大戦に従軍し、そこで健康を害してしまいます。さらには、従軍後に母親の死というショックに見舞われてしまいます。立て続けの災難が原因で、ラヴェルはそこからしばらく作曲ができなくなってしまったそうです。
ラヴェルが再び創作に取り組むようになるのは、先にも登場したディアギレフから依頼を受け、この「ラ・ヴァルス」に本格的に着手してからだそうです。
序盤はまるで渦巻く雲の中。次第にワルツを踊る男女が浮かび上がり、次第に見えてくるのはぐるぐる回る人であふれた巨大な舞踏会場。次第にシャンデリアの光が輝いてくる、といった内容の、まるでシナリオのような文章が、ラヴェルによって楽譜に書き添えられているそうです。
その後は、様々なワルツが次々と現れてくるものの、後半の方には音が一気に増え、狂瀾ともいえる曲調になり、突然に終わってしまいます。このような後半の作風は、ラヴェルの戦争体験が影響しているのではないか、と高橋さんは語ります。
高橋さんは最後に、
「公演当日は、演奏だけではなく、大きなスクリーンにのだめの名シーンや楽曲の解説なども映されますので、そちらも併せて楽しんでいただければと思います。」
と話して、アナリーゼワークショップを締め括ります。
アンケートでは、「演奏と解説をきいて、高橋さんはほんとに音楽が好きなんだと感じた」「こんなに近くで、アーティスト本人の演奏と解説をきくことができるのは、とても貴重でした」という声が寄せられました。
9月3日に開催する公演がより楽しみになるアナリーゼワークショップだったのではないでしょうか。