活動レポート
田中靖人&新居由佳梨 アナリーゼワークショップ
希望ホール 大ホール
2022年11月11日(金)
希望ホールで行われるコンサートのプログラムについて、アーティスト自らその魅力や聴きどころについてお話する「アナリーゼワークショップ」。今回は、サクソフォニスト田中靖人さん、ピアニスト新居由佳梨さんによる、令和5年2月18日(土)の「田中靖人&新居由佳梨デュオ・リサイタル~サクソフォンとピアノの時~」で演奏されるプログラムについてお話いただきました。
笑顔で登場したお二人。最初に演奏する曲は、J.S.バッハ作曲『ソナタ変ホ長調より第一楽章』です。まろやかなソプラノサックスの調べが、参加者を優雅なバロックの世界へと誘います。

「みなさん、こんばんは。今日は、来年2月のリサイタルに先駆けてブログラムについてのお話、そして楽器についてのお話を演奏を交えながら進めていきます。ぜひ、リラックスしながら最後までお楽しみいただければと思います」
とご挨拶する田中さん。続いてサックスについての、お話が始まりました。

「サックスには様々な種類があり、先ほど演奏したのは、高音域できらびやかな音の出るソプラノサックスです。この後演奏するもう一つのサクソフォンは、アルトサックスといって、ソプラノよりも低音域で華やかな音色が特徴の楽器です。この他に、ソプラノよりも高音のソプラニーノサックス、アルトよりも少し低音の出るテナーサックス、その下の音域を奏でるバリトンサックス、もっと大型になり低音が出るバスサックス、最も低い音域のコントラバスサックスと、計7種類あります」

田中さんは、サックスが作られた歴史的背景についてお話しました。サックスという楽器は、今から約180年前の1840年代、楽器製作者であるベルギーのアドルフ・サックスが発明しました。1800年代、野外で演奏する軍楽隊や、オーケストラの活動が盛んになり、より大きな編成で演奏するようになったために、低音域を補充できる音量の大きい楽器が必要とされました。それに応じて、アドルフ・サックスは木管楽器の要素からバスクラリネット、金管楽器からはテューバの原型となるサクソルン属を作り、その二つの楽器の音色を融合させるために、バスサックスを作りました。その後も開発を進め、ソプラニーノサックスからコントラバスサックスまで次々とサックスを生み出したとのことです。後に、海を渡りアメリカの軍楽隊でも大変重宝されたサックスは、南北戦争終戦後、軍から大量に放出されたことで民間に広く浸透し、1900年代に生まれたジャズの世界でスター的存在となりました。
次に、アメリカの作曲家P. クレストンが作曲した『ソナタより第一楽章』の一部が演奏されます。アルトサックスの艶やかで伸びのある音色を、ピアノが鮮やかに彩ります。

演奏後、田中さんが楽曲についてお話します。
「『ソナタより第一楽章』は、サクソフォンの中では古典と言われる曲ですが、クラシックよりも少し現代的な、ジャズの要素も多く盛り込まれています」
「ソナタとは、『鳴り響く』=ソナーレが語源となっている器楽による演奏形式の一つです。二つのメロディーが代わる代わる姿を変えながら現れ、場面が展開していきます。昔流行った韓流ドラマ『冬のソナタ』をご存じですか。男と女、二人の人物が様々な場面で登場してお話が進んで行きましたが、ソナタはこのドラマと全く同じですね。メインとなるメロディーを意識しながら聴くと、曲のストーリー全体が見えてきてより演奏を楽しむことができます」
田中さんは、童謡『春が来た』(一部形式)や、滝廉太郎『花』(二部形式)の演奏も盛り込みながら、楽曲の形式について分かりやすく説明しました。

続いては、アルトサックスの代表曲、ビゼー作曲『アルルの女』です。
「今週、酒田の小学校を訪問して行ったクラスコンサートでも、この曲を演奏しました。サクソフォンが発明されてから30年後に、フランスの作曲家ビゼーによって作られた組曲です。ビゼーというとオペラ『カルメン』を作曲したことで大変有名ですが、ビゼーは劇で演奏される曲を数多く作曲していて『アルルの女』もその付随音楽の一つです。劇そのものはあまりヒットしなかったんですが、編曲された2つの組曲がオーケストラで今日でも広く演奏されています。アルトサックスが、メンバーとしてクラシックの編成に組み込まれているという点が、サックスにとって大変大切な曲であると言えます」
ピアノの重厚なユニゾンで前奏が始まります。アルトサックスの哀愁を帯びた音色が参加者を包み込みます。
続いては、新居さんによるピアノのお話です。

「2月のリサイタルでは、アンサンブルとソロの両方を演奏しますが、これは酒田のコンサートシリーズにおいて初めての試みだと思います。ここでは、ピアニストがアンサンブルとソロをどのように弾き分けているのか、アンサンブルではどんな点に気を付けて演奏するのか、ソロとの違いは何かなど、実践を交えながら皆さんにお伝えしたいと思います」
「アンサンブルでは、ピアノは背景として聞き流されがちですが、ソリストの演奏が生きるも死ぬも背景次第です」
アンサンブルを演奏する際、ピアノには大切な点が2つあるそうです。一つ目は左手と右手のバランス。左手が担う低音部=バスを意識し、ソリストのメロディーが浮き出るように気を配ることが大切、と新居さんは話します。この点に留意しながら、実際に田中さんと一緒に『アルルの女』の一部を演奏してみました。
「いや~、気持ちよかったですね」
と嬉しそうに話す田中さん。
「音楽は、よく建築物に例えられますが、土台となる左手のバスがしっかり支えないと、曲全体のバランスが不安定になります」
と新居さんが説明します。
2つ目の大切な点について、新居さんは次のように話しました。
「ソリストの呼吸を感じることがとても重要です。鍵盤を押すと音が出るピアノと違って、管楽器は息を使って演奏しフレーズを作っていきます。それを常に意識しながら伴奏しています」
試しに、田中さんの呼吸を全く意識せずに、新居さんが伴奏して『アルルの女』のワンフレーズを演奏してみると、田中さんは、窮屈な感じでかなり吹き辛そうです。
「大事なところがバラバラでしたね。こちらの思いを全然分かってくれない感じ」
と田中さんが感想を述べます。
「次は、相手がどうやって演奏したいかを察知しながら、ピアノ伴奏してみます」
と新居さん。同じフレーズを演奏しますが、先ほどとは打って変わって、田中さんは伸びやかに演奏し、アルトサックスの魅力が存分に発揮されました。
「サックスの音、メロディのスピードやフレーズの長さに気を配りながら、自分のピアノの音にも注意しています。サックスとピアノの音が、一体となって音楽を作り上げることができるように、耳と心をフルに使って演奏しているんですよ」
新居さんが、アンサンブルにかける想いを語りました。
2月のリサイタルで、ソロで演奏するG. ガーシュウィン『ラプソディー・イン・ブルー』のお話に移ります。
「この曲のポイントの一つは、音のバランスです。代表的なメロディを、違うオクターブで右手の小指・右手の親指・左手の小指で同時に演奏していますが、それぞれの強弱を変えることで曲の印象が変わります」
新居さんが実際に演奏します。右手の小指を強く弾くと華やかな感じ、右手の親指を強めるとまろやかな雰囲気になりました。左手の小指を強めると低音が響き、一気に力強い印象に変わります。
「どのようなバランスで本番に演奏するか、前もって考えている場合もあれば、演奏する瞬間に決める時もあります。2月の公演では、この点にも注目していただければと思います」
と話す新居さん。続いて『ラプソディー・イン・ブルー』のショートバージョンを演奏すると、その華やかでドラマチックな音色に、参加者は一瞬にして魅了された様子でした。

最後にお二人が演奏する曲は、R.モリネッリ『ニューヨークの4つの絵』より、第4楽章「ブロードウェイ・ナイト」。表情豊かなメロディ、透き通るようなサックスの生き生きとした音色と、それにピッタリと寄り添う華やかなピアノが、参加者をブロードウェイのきらびやかな舞台へと誘いました。
アンケートでは「とても素敵な演奏が聴けて良かったです。お二人のユニークなトークも交えながら1時間あっという間にでした。また開催してほしいです」、「感動!毎日の忙しさに疲れた時癒されます。心に響き涙が溢れます。なんて優しい音色なんでしょう。ありがとうございました」、「私は吹奏楽でサックスを吹いているのですが、とても参考になりました。今日の体験を活力に頑張りたいと思います」などの声が聞かれました。